欠けた月の裏

ただただ君が好き

俳優厨の「ストロングゼロ文学」

我ながらものすごくくだらない文章を書いてしまった。

ここから読む方は自己責任でお願いします。

巷で流行っているストロングゼロ文学に触発されて書きました。*1

 

先に言います、お粗末様です。後半にいくにつれどうでもよくなってくるのが伝わると思います。

 

何度でも言いますが読むのは自己責任でお願いいたします。

勿論ながらこの物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

 

「街音ちゃん、だよね?」
 
雑踏の中私の手を取ったのはカノン君だった。
あまりに驚いてしまい、手を振りほどいてしまったことをこの瞬間に後悔する。
 
「あ……ごめん! こんなところで会えると思ってなかったから……街音ちゃんだよね? いつも、来てくれてた……」
 
端正な顔立ち、透き通るような声、間違いなくカノン君だった。
私が人としての生活を捨ててでも応援し、命を捧げる覚悟までしていた推しだった。
 
「カノン君……久しぶりだね」
「びっくりしたよ! 何でこんなとこいんの?」
「たまたま、用事があって来てて……」
 
嘘をついた。
私はカノン君がこの街にいることを知っていた。
 
+++
 
2021年、北海道で戦争が起こった。
3年経った今もそれは続いている。テレビでも報道されないから詳しくは知らないが、北朝鮮とロシアが北海道を占拠しているということだけは把握していた。
 
カノン君は2018年に某人気アプリ原作の舞台でデビューした。私はカノン君が演じた間坂似まぬ君の二次ヲタで、軽率にアプリ先行で申し込んで当てた公演で一目惚れしてしまったのだ。最初はまぬ君としか見られなかったのに、ツイートやブログから察せられる人柄や優しさを知るたびに、カノン君として改めて恋に落ちた。そう、私はカノン君のりあこだった。
夏のアプリ舞台の後、秋にあった池袋の小劇場での某舞台は全通した。私の中の倫理観が揺らいだが待ちというものもした。待ち現場で私はオンリーだった。3日目で名前を覚えてもらえた。プレを渡して15歩くらい隣を歩いて、すぐ別れる。それだけの短い時間で充分なくらいの多幸感に包まれていた。
同担拒否のりあこで町厨という三重苦だった私に、カノン君はひたすら優しく接してくれた。
そのうちにカノン君にもファンが増えて、私は度々掲示板に晒された。最初はビビってアカウントを消したりもしたが、ただの嫉妬だと思うことにして気にしなくなった。全通は当たり前だしお渡し会があれば必ず鍵閉めは私だった。嫉妬以外の何物でもない。捨て垢でカノン君に私の悪口を言った同担もいた。でもカノン君は私の味方だった。
いつだってプレゼントを渡したらその日中に私信をくれた。稽古着をいたく気に入って毎日着るようになっていたので色違いのをあげたこともある。めちゃくちゃ喜んでくれていた。私のホーム画面まで辿ってくれて私にしかわからない私信をくれた(勘違いだって友達には言われたけど)。カノン君の仕事は途切れなかった。その度に積んででも良席に座り、カテコで必ず目線をくれるカノン君に沸いていた。2019年のファンサあり舞台で通路前最前にいたのに干されて、そのことでめちゃくちゃ病んでハチ公前で喧嘩したこともある。言い分としてはいつもこうして話してるからいいじゃん、というやつだった。納得ができなかった。
 
2020年にカノン君は炎上した。酷いカノバレだった。
私はいっそのこと、隠し通してくれたカノン君は推せる!と惚れ直したが、ほとんどの同担は担降りをした。
彼女のほうがインスタで匂わせという、2015年~2017年あたりにはよくあったというアレだった。
私の矛先はもちろん彼女のほうに向けられた。少し調べれば個人情報なんてすぐに手に入ったので、匿名で嫌がらせをしまくった。
 
そしたらカノン君はその彼女と結婚し、その年の年末に引退した。
私の世界はそこで終わってしまった。
なので、その次の年にこの国で戦争が起こったときも、どうにでもなれとまで思ってしまった。
 
2024年の今、大学の頃からやっていたパパ活やらラウンジやらを辞めて真面目に会社員一本でやっている。実家からも出た。
カノン君がお嫁さんと住んでいる街をどうにかこうにか特定して、そこで仕事を見つけたのだった。自分でもどうかしてると思ったけど、私の人生からカノン君が消えてしまうのがあまりにも悲しかった。
 
+++
いつでも会える可能性を信じてはいた。すれ違ったこともあった。去年の今頃、お嫁さんと幸せそうに笑いながら歩くカノン君を死んだ目で見つめたこともある。
もしかしたら、いや絶対に私の事なんて忘れてるんだと思っていた。
だからこそ仕事帰りに後ろから手を掴まれ声をかけられ、名前まで呼んでもらえたことに、驚愕し動揺してしまったのだ。
 
「……会いたかった」
 
思わず本音がこぼれたかと思いはっとして彼の顔を見た。
その言葉を発したのはカノン君だった。
 
「街音ちゃん、会いたかったんだよ、俺」
 
泣き出しそうな顔で、真剣な声色で言う。
可愛いかった。4年前の私なら本人相手に「沸いた!」とまで言ってただろう。
事実、いま沸いていた。それが顔に出ていたのか、カノン君はふ、と笑いだした。
 
「ごめん、笑っちゃった。変わんないよねそういうとこ」
「えっ!ごめん!!」
「……あのさ」
「……何?」
「ここじゃなんだから……ちょっと移動して、飲んだりできないかな」
 
私が カノン君と 飲む ……?
頭が真っ白になった私の手をカノン君が取り、駅まで歩き出した。
私はいま無銭でカノン君と手を繋いでいる。一回平均5000円はするはずの握手、それも5秒が限度だったのに。
 
「あ、あのねカノン君」
「何?」
 
カノン君はこちらを見ずに歩き続けている。
 
「私の家、ここから3駅なんだ。……良ければ家で飲まない、かな……って」
 
カノン君がこちらを見据えた。
真剣な顔をしていた。推せる。
 
「……行こうか」
 
改札を通った。そういえば昔はICカードをいちいちかざさないといけなかったのに、手に植えたチップで通れるようになった。
だから手を繋いだまま構内に入ることができた。素晴らしい世界だと思った。
 
車内で一言もかわさないまま最寄りの駅まで着いた。
家までの間、カノン君がぽつりぽつりと話したのはこういう内容だった。
炎上したときに自分はもう俳優をやっていけないと思った。彼女が嫌がらせに滅入っていて、この子を守らなくちゃって思ってしまった。だから結婚した。でも彼女は結局俳優をやっている自分しか見ていなかった。夫婦間の熱が冷めきりそうなときに、あの戦争が起こった。なし崩しに結婚生活は続き、幸せなときもあったけど、別れたい気持ちのほうが大きかった。今は離婚調停中だ。いざまた新しい人生を始めようとするこのタイミングで、思い出すのは舞台上から見えるあの景色だった。俳優だった頃を懐かしく思った。いつでも舞台に来てくれて、熱心に感想を手紙に書いてくれて、暑くても寒くても自分を待っていてくれる、そんなファンの子のことが恋しくなった、と。
 
「だから街音ちゃんを見かけてつい、声かけちゃった。ごめんね」
 
私の家のドアの前にまで着いていた。
涙が出そうだった。わかっている。私は結局ファンの中の一人だった。お嫁さんとして選んでもらえるわけではなかった。ていうか私が追い込んだことで彼女との結婚を選んじゃったのかよ、推せない。
でもそんなふうに、私の存在を思い出してくれたことが何よりも嬉しかった。
 
「あのねカノン君、大丈夫だよ。えっと……私がこうやって家に呼んだのも、絶対やましい気持ちとか無いからね!ほら、北千住のとき言ったじゃん。私はファン以上の存在にはなりたいとは思ってないって。再会した今も同じ気持ち。ね、気にしないで!」
「街音ちゃ……」
「それより! ここに呼んだのには理由があるんだよ。ね、こういうときって飲むしかなくない?」
 
鍵を開けて部屋に招いた。
カノン君は所在なさげにテーブルの奥に座った。
 
冷蔵庫の奥からロング缶を取り出し、テーブルに置いた。
 
「えっこれって……」
「そう、ストロングゼロだよ。……ヘブンズドリンク。まだ合法だった頃に、カノン君がストロングゼロお渡し会で渡してくれたやつ。ちょうどね、賞味期限が今月だったから、一人でお別れ会するつもりだったの」
「お別れ会?」
「……いや、私カノン君好きじゃん? だからお渡し会で貰ったものとかいちいち保管してるような……知ってると思うけど、そんな奴なんだよ。だからこれも賞味期限が来る頃に飲みきってお別れするつもりで置いてたんだ」
 
沈黙。
 
「……これ飲んで俺、正気保てるかな」
「大丈夫だよ、飲もう?」
 
プルトップを開けて、グラスに注ぎ、乾杯をした。
口をつけてみると懐かしい罪の味がした。
 
その後のことはよく覚えていない。
 
カノン君が「好きだ」と言ってくれる幻覚を見た気がする。
私を抱きしめてくれる幻覚まで見た気さえした。
 
ただただ、甘美な絶望が、私とカノン君の間に横たわっていた。
 
「街音ちゃん、好きだよ」
 
大好きな人が私を抱きしめて言っている。
 
ストロングゼロは凄い。こんなにもリアルな幻覚が見られるなんて。
 
+++
 
2026年冬。
昔書いたこの文章が出てきたので公開してみた。
どうせ痛い妄想だと思ってくれても構わない。
私にとっては現実だと信じたい出来事だった。
 
あの日のストロングゼロロング缶は、今でも大事に取ってある。

*1:ストロングゼロ文学については「ストロングゼロを飲んだ」で検索してみてください