欠けた月の裏

ただただ君が好き

短編「レンタルなんもしない人さんと会った話」

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この物語はフィクションです。

 

 

国分寺から出やすい駅として選んだその待ち合わせ場所でレンタルなんもしない人さんを見つけた。すぐにわかった。勿論ツイッターで写真を見ていたのもあるが、はっきりと「なんもしないオーラ」が出ていた。確信し話しかけると、彼は少し驚いた顔をした。きっと女性が来ると思っていたのだろう。


簡単に僕の自己紹介をしよう。
学生時代に演劇に青春をつぎ込んで、役者になろうとしたけれど親からの反対で就職。未練を捨てられないまま社会人になり、しがないサラリーマンをやっている。
営業職に就いている僕は適当にアポイントというていで平日の3時間を外回り申請し、レンタルなんもしない人さんをお借りした。普段から人と接しているので初対面でも会話はスムーズだった。ランチの予約をしているお店に彼を連れていくときにも他愛のない話をしながら自然と向かえたと思う。 飽くまで僕の印象になるが、レンタルなんもしない人さんは特に人見知りとかの属性を持ち合わせていないと思う。「緊張した」などのワードはツイートで頻出するあたり、人並みにはそういった感情の起伏を持ち合わせてはいるものの、わかりやすく表に出るタイプではないように思えた。実際自分と3時間過ごしたレンタルなんもしない人さんはどうだったのだろう。さして緊張していなかったようにしか思えない。その詳細をこれから書くのだが、おそらく書き終えた後改めて考えてもきっと「緊張しなかった」方だろう、と思う。
道すがら、このあたりは昔住んでいた、けれど住んでいただけでお店などはよく知らないだとか、この本屋にはよく来ていた、などのレンタルなんもしない人さんについての数々の思い出話もあっさり聞くことができた。思い返すと自分からは特に何も話していない。早速なんもしない人なのになんかしてもらった気がしてしまった。
お店の前に着いた。過去の投稿を見る限りやたらとみんなレンタルなんもしない人さんをおしゃれなお店に連れていっている印象があったので、調べ尽くして見つけたカフェを予約しておいた。自分はテンションが上がり、看板の写真を撮ったりした。レンタルなんもしない人さんは特になんもせず、ぼーっと隣に立っていてくれた。入り口がどこかわからず慌てた時にもなんもしてはくれなかった。ただ、よくレンタル済みの方たちがよく言うように、「"エレベーターのボタンを押してもらう"程度の些細なことにまで感動してしまう」という体験をまさにお店へ向かうエレベーターの中でしてしまった。


席へついた。店内はやはりおしゃれで、少しエスニックの入ったカフェレストランだ。青っぽく統一されていて、窓からは街の景色が見える。改めて顔を合わせると、なんだか照れくさく感じた。レンタルなんもしない人さんは皆が皆言うことだが、瞳がとても澄んでいる。相手をまっすぐ見つめる。店内でも基本帽子はとらない。こちらが緊張して黙っていても特になんもしない。ナチュラル・ボーン・なんもしない人だ。そう思った。
料理を注文し、ただ水を飲むだけの時間が来てしまった。レンタルなんもしない人さんのいうところの宇宙が始まる時間である。
勝手に手持ち無沙汰に感じてしまった僕は、早速本題に入ることにした。


「これ、良かったら見てください」
「はい」
「僕の好きな人です」


雑誌を渡した。レンタルなんもしない人さんは受け取り、まじまじと「彼」を見て、こう言った。


テニスの王子様の人ですか」
「違いますね」


この頃、レンタルなんもしない人さんは熱心なテニミュクラスタの女性に布教活動を受けていたせいか、最初に持った疑問はそうだったらしい。違いますね。
僕の返答に軽くうなずき、ページをめくり丁寧に写真を見ていた。
恥ずかしくなった僕は水を飲んで喉を潤し、少しずつ話を始めることにした。


僕は恋をしている。
舞台俳優の彼に。


レンタルなんもしない人さんとのDM履歴が冒頭のスクショだ。「なんかしてる感じになるのでお受けしてません」という返答を貰ったときにかなりの胸の高鳴りを覚えた。


僕にとって切実な悩みだった。ブログで悩みを書いても、ときに悩み相談に乗ったりしても、晴れないなにかが心にあった。友達でも知り合いでもない、自分にとって「なんもない」人に話を聞いてもらいたかった。というのは建前で、実はネット上の有名人には積極的に会いたい傾向を持っている自分の欲を満たす行為であったかもしれない。それは後々レンタルなんもしない人さんにも伝えて、「それは嬉しいです」と言ってもらえたりなどしたけれど。


記事を読んでるんだか読んでないんだか(多分なんもしていない)、僕の好きな人のページを見終えた彼は、他の人のページも見始めた。とあるページでまじまじと写真を見て、こう言った。


テニスの王子様リョーマ君ですかね」
「違いますね」


確かにリョーマ君が絶対に似合う顔をしている若い男の子だったが、僕の知る限りリョーマ君ではない。違いますね。やはりテニミュクラスタの女性は強い。そう思った。


そうこうしているうちに料理が来たので、雑誌を返してもらってカバンにしまった。商談に来ているていでレンタルなんもしない人さんとご飯を食べ、書類が詰まったビジネスバッグに「彼」が写っている雑誌をしまうというのは背徳的でなんだか楽しかった。


料理もなかなかに凝ったやつだったが、レンタルなんもしない人さんはカメラを取り出すことがなかった。この時僕は思った。レンタルなんもしない人さんがカメラを取り出す瞬間を今日のどこかで作りたい。「レンタルなんもしない・カメラチャンス」と密かに名付けこのあと続行することにした。
料理はカフェランチといった感じで美味しく食べやすいものだった。レンタルなんもしない人さんの感想はなんもなかった。


食後のコーヒーを飲みながら話の再開をした。
舞台俳優の彼に恋をしていること。
いわゆる「ガチ恋」ということ。
ガチ恋」とはいえ、普通の恋とどう違うのかがわからないこと。
ただただ好きになった相手が偶々手の届かない存在だっただけだ。
女性のふりをしてブログを書いていること。
ここで驚いた人がいたらごめんなさい。
男の格好でいると浮いてしまうのもあり、観劇や接触の時には女装をしていること。
とはいえ観劇だけのときはがっつりとはしない。ボーイッシュルックで済ませていること。
幸い女顔に生まれ、姉たちに散々着せ替え人形ごっこに付き合わされたのもあり全く抵抗感もないし、なんなら今でも姉たちから服を借りたりもしていること。
観劇ではなくいわゆる接触といって対象と握手やツーショ撮影ができるときには気合を入れてメイクをすること。まつ毛のカールにもこだわること。僕の中で「最強の女の子」の香りのフレグランスを身にまとって、お気に入りのワンピースを着てヒールを履いて出かけること。さながらデートだ。現場は戦場だ。同担に、というよりかは、何より自分に負けないために精一杯武装するということ。
握手をする機会を持つまでは恋を自覚したくなくてずっと「観るだけ」側だったこと。
きっかけは学生時代の役者仲間との共演だったこと、そいつには「彼」に恋したことなんて言えなくて今でも秘密にしているが、そこを辿れば「出会う」チャンスがあるかもしれないという秘密だとか。仕事にしている商材がちょうどよく「彼」とご縁のあるものだったりだとかいう秘密。実はもう知り合っているという秘密。女の子の僕と仕事の僕が結びついているかどうかまでは……。
ブログに書けないことまで洗いざらい話した後、僕はうめいた。


「つらいんです。何をしてても考えてしまうし、叶わない恋だということも重々承知しています。周りからは普通に彼女を作れって言われてしまうし」


レンタルなんもしない人さんは、ここでもなんもしなかった。
DMで宣言されたとおり、感想もなく、意見もない。ただ黙って話を聞いてくれた。
「はぁ~つらい」というような独り言を100回くらい聞かせてしまったが、それについても特に不平も言わず、なんもしてくれずにいてくれた。ありがたかった。
またしても手持ち無沙汰感を覚えた僕は、自分の役者時代の舞台写真を見せたり、「彼」とのツーショットを見せたりなどしてみた。レンタルなんもしない人さんは「彼」より僕の女装をしげしげと眺めていたように思える。この人もいつか女装をさせられたりなどするのだろうか。似合いそうだ。それよりも何よりもレンタルなんもしない人さんには僕が動物園で「彼」に似ていると連写したある動物の写真に食いついた。そして、昨日はふくろうカフェに行ったという話を聞かせてもらった。レンタルなんもしない人さんが取り出したスマホのカメラロールにはたくさんの鳥の写真が入っていた。そうか動物か。 「レンタルなんもしない・カメラチャンス」、動物相手だとたやすいらしい。
そこでひらめいた。確かこの街にもふくろうカフェはある!


お会計を済ませる。僕が二人分のお会計をし、レンタルなんもしない人さんはお辞儀をした。さすがにおごってもらってなんもしない人ではないことがわかった。そういうところがレンタルなんもしない人さんが信頼される所以なんだろうとか凡庸なことを考えた。
ふくろうカフェは何と徒歩圏内すぐの立地にあった。心なしか浮足立って向かう。
レンタルなんもしない人さんのレンタル時間は残り1時間半くらいで、おそらく30分刻みなので30~60分のコースなら入れるだろう、と思った。平日だし。甘かった。
ふくろうカフェのお姉さんは懇切丁寧な対応で、「2時間後のご案内なら」と説明してくれた。ゲームオーバーだ。レンタルなんもしない人さんにはこのあとここから1時間くらいかかる場所での案件が控えている。残念だということをお姉さんに伝えると、店の奥から何かを取り出して渡してくれた。「ごめんね」とふくろうが謝っているポストカードだった。


なんとここで 「 レンタルなんもしない・カメラチャンス」が訪れるとは露とも思わなかった。

レンタルなんもしない人さんはそのポストカードを撮影し、「こんなカードもらったことない」となにか嬉しそうな顔をしていた。 シャッター音を聞きながら、「レンタルなんもしない・カメラチャンス」に一度でも成功したことで若干の達成感を覚えた僕は、すっかり気を取り直していた。
残りの時間をチェーン店のカフェで過ごすことにして、席に着く。

 

もう恋の話はそこそこに、動物トークになってしまっていた。昨日の今日のレンタルなんもしない人さんのふくろうへの知識は強かった。ふくろうといっても色んな種類があり、そのお店では日本では珍しい種も取り揃えていて、依頼主さんから語られるふくろうの知識がまた面白かっただとか。僕も僕で、小さい頃から恐竜が好きですっかり詳しくなり現存する種の中では鳥類が恐竜に一番近いとされているから鳥が好きだしふくろうも好きだ、とか。幼少期に「捕食萌え」に目覚めた話をしたりとか。

 

ふと、前述したような、レンタルなんもしない人さんにお会いしてみたかったというのが今回の依頼の一番の理由ですよ、ということも話してみた。レンタルなんもしない人さんはほにゃっとした笑顔をしてくれた。会ったことがある人には伝わると思うのだが、このほにゃっと感はレンタルなんもしない人さんのチャームポイントのひとつだと思う。思考回路が進んで、レンタルなんもしない人さんは既に「推し」という対象にはなっていそう、という話もした。それには「?」という顔でなんもない対応だったが、つい口が滑って「ガチ恋されたらどうしますか」と言ってしまい、大変困惑させたことをここで謝罪させていただきたい。そのときにまた改めて、「ガチ恋をされる側」というのはなかなかに難しい立場だな、というのも頭をよぎり少し寂しくなった。

 

レンタルの時間が終わりに近づき、名残惜しいながらも駅までお送りした。初対面のときよりかはだいぶ打ち解けられた(自分調べ)と思ったけれど、実際どうかはわからない。次は本当の商談があるんです、というと、レンタルなんもしない人さんはほにゃっと「頑張ってください」と言ってくれた。余談だが、この頑張っての言葉で無事に契約が取れた。ありがとうございます。

 

レンタルなんもしない人さんに向かって恋の話を吐露して、わかったことがある。やっぱり、他人にとっては「ガチ恋」は「ガチ恋」の域を出ない。「芸能人への憧れを恋と勘違いしている」というような世間からの認識を、ちゃんと自覚しておかないといけない。叶えよう叶えようと思いながらも、叶わないであろうことも覚悟しておかないと。

 

お会いしたあとのレンタルなんもしない人さんのツイートには「つらそうだった」と書かれた。それがきっと「ガチ恋をする僕」なんだろう。

 

ただ、もう少しわかったことがあって、それならば、僕は僕なりに自分の恋を大切にしたいということと、このブログに来てくれる人たちへ真摯に対応し続けたい、ということだ。そもそも「ガチ恋はつらい」は「いま息をしている」くらい当たり前のことである。つらさをこの時自覚させられて、だいぶ経った最近でもまた「うつむ期」と命名した"病み期や鬱期まではいかなくとも前を向けない期間"というのを過ごして、どうせ恋なんてそんなもんだ、という域に達した。誰に恋していても恋は恋なんだ。幸せなこともあればつらいこともあるし、片思いならばなおさらつらいことのほうが多いのも当たり前のことだ。

僕は自分の恋を大切にする。 

 

ここで僕の話を終えよう。

この物語はフィクションだ。「僕」も「彼」ももちろん存在しないし、もしかしたら「レンタルなんもしない人さん」だって本当は実在しないかもしれない。宙に浮いた「恋の話」だけ、どうかあなたに届いていいなと思いながら、筆を置くことにする。お読みいただきありがとうございました。

 

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レンタルなんもしない人のなんもしなかった話

レンタルなんもしない人のなんもしなかった話