欠けた月の裏

ただただ君が好き

来し方行く末

こしかた‐ゆくすえ〔‐ゆくすゑ〕【来し方行く末】
[連語]
1 過去と未来。
「眠られぬ儘に―を思い回(めぐ)らせば回らすほど」〈二葉亭・浮雲
2 通り過ぎてきた方向と、これから行く方向。
「はるばる一通りは―野原なり」〈とはずがたり・四〉

学生の頃に「来し方行く末」というのをどこかで習って、綺麗な日本語だなぁと思ってました。
昨日本命さんを観ながら、その言葉がよぎってしまったので短文にて残しておきます。

推してから数えるとそれ以上ですが、恋をしてからは4年ほど経ってしまいました。

公演中の舞台はシステム的に多ステ派にはなかなか厳しく、それでもご縁があり初日と楽含め公演数の半分の回数ほどは行けています。
最前列で観ることも叶って、思いがけない幸運に感謝したり、泣いたり。
色々と感極まって泣いてしまうのはあるあるですし、今作は思い出や思い入れがあればあるほどグッと来てしまうやつなので仕方がないです。
ガチ恋なので最前列の遠さにもそりゃ泣きます。(ここで本来ならちさとみねさんのあのイラスト)

そんな中で痛いくらい心に刺さるシーンがありまして。

ある登場人物が「最近よく考える」と、「もし結婚するならどういう相手がいいか」を語ります。
会話相手の茶々も入り、楽しいエピソードにも思えるやり取りです。
その人物が言います。
「そんなふうに、考えられるようになったんです。」
ーーー彼は過去に最愛の人を亡くしています。

ふと私の来た4年間を思い返し、これから往く4年を想いました。

今の私にはこれから来るべき年月が恐いです。

確かに楽しい年月でした。つらいことも多いけどそれでも好きな人を想う時間や贈り物を考えたり手紙を書いたり観劇やイベントに行ってオタクとしての自分を満たしていることだけですらどれも無駄だったとは思っていないし、今後も悔いることはないでしょう。
一途に好きで居続けられた自分を誇りにも思っています。好きでいさせてくださる本命さんのことすら誇りです。
ただ、これがずっと続くのかと思うと、とてつもなく苦しいのです。

一般的な恋とは違って、ガチ恋の恋は失うことのほうが多い気がします。
一般的な恋とは違い、年月を重ねたところで成就するわけでもはっきりフラれるわけでもありません。
一般的な恋と同じように相手を想い好きでいても、会いたくても会えるわけではありません。

私が積み重ねてきた年月でいったい何が得られたでしょうか。本命さんは着実に仕事をこなしどんどん素敵な人になっていくのに、私は何にもなれていません。
成就する予定もフラれる予定もありません。
会いたいときに会えない人への気持ちをいったいどうすれば「恋」と胸を張って言えるかどうかすらわからなくなってしまいました。
所詮はガチ恋ガチ恋なんです。
外野がよく言う「芸能人への憧れ」と何が違うんでしょうか。

「諦める・諦めない」について去年は自分なりに答えを出しました。

それでも「諦める」選択肢を取らざるを得ないところにまで来てしまったんじゃないでしょうか。

来し方は誇れど、行く末が恐ろしくてたまらない。
隣にいられたら一番いいのに。